なぜ「データセキュリティ」が必要なのか
本コラムは、経済産業省・IPAが策定した
「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度(SCS評価制度)」
について、その要求事項を中国古典『孫子の兵法』の視点から読み解くシリーズです。
前回は「教育・訓練」を取り上げ、
組織全体の行動を統一することが防御の前提であることを整理しました。
大分類:攻撃等の防御 / 中分類:データセキュリティ(4-3)
データセキュリティとは何か
(SCS評価制度の要求)
SCSが求めていること
SCS評価制度では、
- データの暗号化
- 適切な場所への保管
- 取引先との情報共有ルールの整備
- バックアップの取得と復元準備
が求められています。
重要な情報を適切に保護し、
漏えい・改ざん・消失が発生した場合でも、
事業を継続できる状態を維持すること。
これらは単なる防御強化ではなく、
侵入された後の被害を制御するための仕組みです。
これまでの対策では、
- 侵入を防ぐ
- アクセスを制御する
- 利用者を識別する
ことを中心に扱ってきました。
しかし現実には、
侵入そのものを完全に防ぐことはできません。
そこで重要になるのが、
「侵入された後も被害を成立させないこと」
です。
なぜデータセキュリティが必要か
(孫子における考え方)
孫子は守りに優れた者について、
次のように述べています。
善守者藏於九地之下
―『孫子兵法・形篇』
(守りに長けた者は、その備えを深く見えない場所に置く)
これは単に要塞を築くことを意味しているわけではありません。
攻撃を受けても、
- 重要なものを奪われない
- 容易に発見されない
- 価値を失わせない
状態を作ることを意味しています。
優れた防御とは、
入口を守ることではなく、
守るべきものを奪わせないことです。
孫子の文脈
孫子は、
守りに優れた者ほど、
敵の攻撃を正面から受け止めるのではなく、
攻撃の価値そのものを失わせると考えました。
敵から見えない場所に戦力を置き、
簡単には到達できない状態を作る。
それが
「善守者藏於九地之下」
の本質です。
守るとは、
壁を厚くすることだけではありません。
守るべきものを、
簡単に奪えない状態へ変えることなのです。
ビジネスの文脈
企業においても同じです。
サイバー攻撃は完全には防げません。
だからこそ、
- 情報を暗号化する
- 安全な場所へ保管する
- 共有経路を管理する
- バックアップを確保する
必要があります。
SCS評価制度がデータセキュリティを求める理由は、
侵入を防ぐためではなく、
侵入されても被害を最小化するためです。
暗号化の意味
データの暗号化は、
単なる技術的対策ではありません。
その本質は、
- 奪われても内容を読めないこと
- 情報として利用できないこと
です。
情報の価値そのものを無効化する行為です。
攻撃者に取得されたとしても、
利用できなければ被害は大きく制限されます。
これは、
守るべきものを敵から見えない場所へ置くという
孫子の発想にも通じています。
データ保管の意味
データをどこに置くかは、
単なる運用上の問題ではありません。
SCS評価制度では、
重要なデータを安全な場所へ保管し、
業務継続に必要な情報を適切に管理することが求められています。
- 安全な場所に集約する
- 管理された環境で保護する
- 不要なコピーを減らす
どこに置くかによって、
防御の強さは大きく変わります。
個人端末や管理されていない場所に分散したデータは、
- 所在が不明になる
- アクセス管理が困難になる
- 漏えい時の影響が把握できなくなる
といった問題を生みます。
守る場所を決めることは、
守る仕組みを決めることでもあります。
情報共有の意味
情報は利用されるために存在します。
そのため、
組織外との共有そのものを禁止するのではなく、
- 誰と共有するのか
- どのように共有するのか
- 共有履歴をどのように管理するのか
を定めることが求められます。
SCS評価制度では、
- 信頼できる相手とのみ共有すること
- 送信履歴を残すこと
が求められています。
データの流通を制御することで、
情報漏えいリスクを低減できます。
共有を禁止することではなく、
共有を管理することが重要です。
バックアップの意味
バックアップは、
侵入を防ぐための仕組みではありません。
SCS評価制度では、
- バックアップの取得
- 保管期間の設定
- 重要情報の遠隔地バックアップ
- リストア手順の整備
が求められています。
重要なのは、
- データを戻せるか
- 業務を再開できるか
- 復旧手順が実行可能か
です。
バックアップの価値は、
取得した瞬間ではなく、
復旧できた瞬間に発揮されます。
暗号化が「奪われても使えない状態」を作る仕組みなら、
バックアップは
「失っても戻せる状態」を作る仕組みです。
SCS評価制度が求める本当の到達点
SCS評価制度は、
- 暗号化
- 適切な保管
- 共有ルール
- バックアップ
を求めています。
しかしその本質は、
「侵入されても情報価値を失わせないこと」
です。
完全防御は実現できません。
だからこそ、
- 奪われても読めない
- 流出しても影響を抑えられる
- 失われても復旧できる
状態を作る必要があります。
これがデータセキュリティの考え方です。
まとめ
データセキュリティとは、
- 単なる防御の延長ではなく
- 被害そのものを制御する仕組みです
侵入されても崩れない状態を作ることが、
最終的な防御となります。
善守者藏於九地之下
(守りに長けた者は、その備えを深く見えない場所に置く)
セキュリティの本質は守ることではない。
失っても崩れない構造を作ることである。
チェック:データセキュリティは機能しているか
以下はチェックシートです。
すべてに☑が付く状態が望ましい状態です。
- ☑ 重要データが暗号化されているか
- ☑ データの保管場所が管理されているか
- ☑ 情報共有のルールが定義されているか
- ☑ 情報送信や共有の履歴を追跡できるか
- ☑ バックアップが定期的に取得されているか
- ☑ バックアップから復元できることを確認しているか
- ☑ 重要なデータが単一障害点に依存していないか
もしこれらに一つでも☑を付けられない場合、
侵入後の被害拡大を防げない可能性があります。
現代のセキュリティにおいて、
「侵入されないこと」
だけを前提にすることはできません。
重要なのは、
- 流出しても読めないこと
- 削除されても戻せること
- 共有されても追跡できること
を実現することです。
今からできるアクション
☑が付かなかった項目がある場合は、以下から始めましょう。
- 重要データの棚卸しを実施する
- 暗号化が適用されているか確認する
- データ保管場所を一覧化する
- 情報共有ルールを点検する
- バックアップ取得状況を確認する
- バックアップからの復元テストを実施する
データセキュリティの目的は、
情報を閉じ込めることではありません。
重要なのは、
- 業務に利用できること
- 必要な人と共有できること
- 事故が起きても復旧できること
を維持することです。
まずは、
「どのデータが本当に重要なのか」
を明確にすることから始めましょう。
次回は「プラットフォームセキュリティ」を取り上げ、
情報システムそのものを安全に維持する重要性を整理します。
